表現って何?

            演技として、人生として、心と身体と感情のバランスを追求した自己表現探求ブログ。 なんて、ぶってみたりすると、かっこいいかな(笑)




スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

哀。

加藤和彦さんが亡くなったそうです。

今年は、清志郎さんも…。


加藤和彦さんを同時代で聞いて、
影響を受けたってわけじゃないんだけど、

音楽が好きで、
いろいろ聴きかじってたら
加藤和彦さんの名前にはよくぶち当たるし、
そのすごさもわかる。

サディスティックミカバンドなんて、
いまでもカッコいいものね。


一時代を築いた人が、
こんな風に亡くなるのが本当に哀しい。

夢を追い、夢を与えた人生でも…


何があったんだろう…。


お疲れさまでした。
ご冥福をお祈りいたします。
スポンサーサイト

癌もロックンロールだ

清志郎さんが亡くなった。


初めて癌を公表した時に、
「何事も人生経験と考え、この新しいブルースを楽しむような気持ちで治療に専念できればと思います。またいつか会いましょう。夢を忘れずに!」
と、発表した。

かっこいいと思った。

「新しいブルース」…心に響く。


「癌もロックンロールだ」とも言ったそうだ。


『カバーズ』とか『コブラのなやみ』とか
『DANGER』『THE TIMERS』はすごく好きだったなあ。


面白い大人がまた1人いなくなった…。

いつか俺も大病を患ったら、清志郎さんの言葉を胸に闘いたい。


心から冥福をお祈りします。

宝物が増える。

前回紹介した公演、終わりました。

2年生中心のチーム、1年生中心のチーム、
同じ台本をテイストの違う2種類の作品で仕上げました。

なかなか大変だった(苦笑)
2度とないだろうな、こんな体験。


この2~3年、後進に何が伝えられるだろう、ってことをよく思います。


才能があるわけでも大成功してるわけでもなくて、
生活が楽なわけでもないけど、
だけどただ好きなことを好きなようにしては生きてこれていて、

これから好きな道を歩こうってやつらに、
ちょっとばかりのコツが伝えられたらいいんだけどなあって
思ったりするのですが…。


今回の公演にかかわってくれた生徒たちが、
公演が終わってから続々とメールやメッセージをくれて、
それが逆に俺を勇気づけてくれたりして…

うーん、こちらが勇気づけるはずなのになあ。

だけど、嬉しかったし、宝物がひとつ増えた気分です。

「プレイボーイ」に

いま発売されている「プレイボーイ」にイチローのSM論が掲載されていますね。

イチローにぶたれたことがあるという女性から、トップシークレットだけど…と話は聞いていたんだけど、記事によると、全然隠さずに今までもテレビや雑誌で話してたそうです。俺は、ちゃんと秘密を守ってたのに(笑)

記事の中でイチローが、SMは精神的なものだ、と言っているのがとても嬉しく思えたりします。俺もとっても賛成。

でも、精神的に未熟な俺は、その世界に馴染むとこまではいけなかったのですが…少し残念。


あと、イチローが時折いくというSMクラブの女の子たちのことが褒めてあって、その中に、教えてくれた子はいたのかなあ~、とか。

今度彼女にあったら教えてあげよ。

あさっては洋館入り

朗読劇「アジャセ王の悲劇」、無事に終了しました。
ありがとうございました。
P1010730.jpg
はじめて、声優学校の教え子たちと仕事ができて、
嬉しかったです。

この機会を与えてくれた人たちにも、感謝します。



さて、あさっては「洋館ミステリ劇場」の劇場(洋館)入り。


最近は、積込み&仕込みはなぜか雨続きです。
どうやら今回も。


でも、逆に本番は雨があがっているので、
お客様に来ていただくには問題ないので、
それはそれで運がいいのかなあ、と思ったり。



今回もチケットは全公演完売。
本当にありがたい限りです。

ふたつ良いこと、さてないものよ

河合隼雄さんがお亡くなりになった。

河合隼雄さんは、僕のリスペクトする方の一人。


人に興味があって、心理学の本などを興味本位で読んでいた頃に、
河合隼雄さんの「こころの処方箋」に出逢った。

とっても新鮮だった。

西洋的な心理学が、どうも分析学のように思えて、
著者の類型化に、人をどう当てはめるのかみたいに読めてしかたなかった時に、
「こころの処方箋」は、どうにも自分でコントロールできない自分の心の問題を
ちゃんと扱ってくださっているように読めた。

たとえば。

「ふたつ良いこと、さてないものよ」
良いことはふたつは続かないよ、でも悪いこともふたつは続かないよ。
そう思っていれば、つらいことも少しは楽になるでしょ。

みたいなことが書いてある。

肩から力が抜けているっていうのか。

今でも古本屋で見かけると、買い置きしておいて、
友人・知人にプレゼントすることが多い。


今年3月に「天之岩戸」をしたときにも、
河合さんの「中空構造論」に示唆を受けた。

アマテラスとスサノオとツクヨミ。

ツクヨミの存在価値。


その河合さんが最近ずっと、
西洋で生まれた個人主義と、日本的な価値観のおとしどころを
考えていらっしゃった、新聞に書いてあった。

「罪」の概念とセットで発達してきた個人主義。
個人主義の暴走は、「罪」=神が歯止めとなっている世界。

一方、「罪」の概念に希薄な日本人は、
個人主義を持て余して…
共同体は崩壊してみたけど、依存体質を克服したわけじゃなく。


間違っているかもしれないけど俺は、
曖昧さを内包できる強さを持ちたい、いや持つべきだと思っている。


というと、
そんなに肩に力を入れなくてもよろしい、と河合さんは笑うだろうな。

人前で寝転ぶ。

何故かこの数日、印象的なシーンをよく見る。

一昨日見かけたのは、JR某ローカル駅の駅前の歩道。


少し広めの道路の両端に、段差をつけて歩道が作ってありますよね。
その15センチくらいの段差に腰掛けている姿は、まあ見かけないこともないけど、
今日見たのは、


その歩道に寝転がっているカップル。


20代前半なんかなあ、それとも高校生?

同じジャージを着て、まるで深夜に酔っぱらいが道の真ん中で寝転がっているように、
二人並んで寝ていた。

二人の頭もとには、警察官。


「こんなところで寝たらあかんやろ」
「ほっといてえや」
「そういうわけにはいかへん。ここはみんなが歩くところなんや」
「さっきから歩いてないやろ」
「それは君らが寝てるからや」
「ほんならそれでええやん」
「そういうわけにはいかんやろ」

まあ一部作ったセリフもありますが、そんな風なことを喋ってました。



突然話が飛ぶようですが、
日本人のカラダは年々、日本人としての特性をなくしつつあって、
足腰の強さというのは、日本人のカラダの重要なファクターであったそうです。


何百年もかかって練り上げてきた日本人ならではのカラダが
変わり始めたのは戦後。


イスや洋式便所等々、生活の中で下半身を鍛える機会がどんどんなくなっていった日本人は、とうとうしっかり立つことができなくなり、人前で座り込むようになりました。

それが、ヤンキー。


でも今から振り返ると、ヤンキーはまだ座る力が残っていたんですね。


その力すらなくしたのが、電車の中でへたりこむようになった高校生。


そして、それがとうとう寝転がってしまうところまで、きてしまったということなのかなあ、と思ったりします。



とはいうものの、悲観だけをしてるわけでもありません。

すごいやつは、二十歳前後でもすごいです。
自分と比べても全然しっかりしてて、頭もよくて。

彼、彼女らを見てるとまだまだ大丈夫かな、と思ったり。

でもきっと二極化はひどくなっていくだろうから、
乗り遅れたヤツは、いろんな意味できつくなるんだろうな、と。


がんばってるやつと、がんばらないやつ。
でもって、がんばらないやつに限って、権利を主張したりして。

むずかしいね、人って。

街の風景

<その1>
数日前、地下鉄西長堀駅のホームで、電車を待っていると、
胸に『Pussy』と大書きされた赤いTシャツを着て
おばちゃんが歩いて来た。


これ、英語圏の人が見たらかなり衝撃的な絵かもしれないなあと。

思わず、「Sorry』と謝ってしまうような(笑)


いやあ、でもなんというか…そのおばちゃん、
Pussyて「猫」の別の言い方なんよ、オシャッレ~やと思わへん? とか言ってそう。


<その2>
西宮北口近くの住宅街で、小学校の高学年らしき少年がバットを素振りしていた。

その美しい光景に、
おもわず「がんばれ」と心の中で思いながら通り過ぎた時に


91、95、100


と、数をはしょりながら、素振りの数を読んでいるその少年の声が聞こえてきた。



それはそれで笑ってしまい。
少年を応援してしまった自分にも笑えてきて。


けどなんで90、95、100やなくて、91、95、100やねんと思ったり、


その100で素振りが終わったらどうしよう?と
好奇心に勝てずに振り向いて少年を見てしまった俺。


その少年は、ちゃんと素振りは続けてました。
少し安心(笑)


素振りのノルマは…1000かもしれない。
きっとそうに違いない(笑)


いやでも、100の次の数字はなんやったんやろう。
101かなあ、やっぱり。
91の前はなんやったんやろう。


とか、考え出すと結構キリがない風景です(笑)

卒業式

今日は、教えにいってる声優学校の卒業式でした。

実はね、2年間びっしり教えた子が卒業してくのは初めて。


今年なんて、週2回教えにいったものなあ。
卒業公演もあったし。


さびしい、とかの感情じゃないんだけど、
なんだろう、少しモヤモヤが…。


みんなこれからどうなるのかなあ。とか。

やっぱり淋しいのかなあ。


ここからなんだってすごく思うんだよね。

だって学校なんて、鉄の柵で守られた「ゴッコ」で済むんだもの。


孤独や挫折や人間関係や、
嫌になることなんてゴマンとある。


続けることが才能だって言われるけど、
続けることってほんと難しいもの。


俺なんかきっと続いた、ってことだけで、
才能なんてないのに、
いま飯食ってんだよ、きっと。

だからありがたいと思うし。
続けてほしいなあって思うし。


先生と生徒って関係から、
ただの先輩と後輩って関係にうまくシフトしたいなあ。

身体が勝手に

昨日、稽古から帰ってきて、何気にテレビをつけたら、
スカパーで、矢野顕子と上原ひとみのジョイントライブをしてた。

格好よかったです。
楽しそうだったし。
エネルギーもすごかったし。

気がついたら、俺もテレビの前に乗り出して、かぶりついてみてました。

感応しちゃうっていうか、すごいものには身体が勝手に引き込まれちゃいますね。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。