表現って何?

            演技として、人生として、心と身体と感情のバランスを追求した自己表現探求ブログ。 なんて、ぶってみたりすると、かっこいいかな(笑)




スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

6/9 鍛えてない自分でしか表現できない

6/9の日記
演技というのは、シンプルにいうと「他人(=他人格)になる」ということ。

他人と他人格とでは、ニュアンスが変わってくるんだけど、それは今回は置いといて。

「自分になる」ってのは?っていう疑問も置いとこう。
自分って何?っていう深遠なテーマに踏み込んでしまいそうだから(笑)


じゃあどうやって他人になるんだ?って手がかりを考えてみた。

その前に話は脱線。←まずいなあ、長くなり。ならないよう書きます。


知人で演劇学会(だったかな?)に入っている方がいて、
その人たちが、某有名演劇学校や演劇科に、
教育にどう演劇を取り入れるかというテーマをもって、フィールドワークをした。

そこの卒業生に、演劇科を出てどうだったかというインタビューを、する。
演劇科を卒業したことが、その後の人生に役に立っているという答を期待して。

ところが帰ってきた答えは、
自分たちがやってきたことと社会とのギャップを埋めるのに苦労している
演劇科に進学することは勧められない
って、予想外の答え。


あまりにショッキングなその答えに
その人たちがどうしてそれほど困っているのかを分析していくと、
「感情解放」は訓練され、普通の人よりもできるのだが、
「他者との交流」ができていないことが見えてきた。
(時代病でもあるけど、それも今度の機会に)

これはとっても大事でおっきなこと。


で、今日やった実験的ワークに話は飛ぶ。


まだろくに演技の経験もない子たちにできる「他者の理解」の第一歩として、
仲間の喋り方、動きをコピーする
というワークを用意した。

誰かが、最近あったことを身ぶり手ぶりで話す。
そして、それをそのまま真似るわけ。
けっこう難しい。
思った以上に出来ない人が多い。

このワーク、たくさんのことが見えてくる。
どれだけ自分の世界で生きているか。
どれだけ観察力があるか。
どれだけ対応力があるか。
どれだけ表現の引き出しがあるか。

喋り方、手の動かし方等、どれをとっても、自分からは出てこない表現ばかり。

演技もそうだよね。
意識せず手癖だけで演技をすれば、鍛えない自分のスキルでしか表現できない。

未知の表現、未知の領域に入っていく第一歩になるワークです。


で、みんなに宿題を出した。
次の授業では「一番嫌いな人物で、3分間喋ってください」

「自分」から一番遠い人物像である「嫌いな人」。
その人のことを考え、演じてみるという「他者への接近」。

それが思いもがけない方向へ行くとは、この時の俺もまったく予想すらしていない…。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://lastwill.blog9.fc2.com/tb.php/114-fb3a0c10
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。