表現って何?

            演技として、人生として、心と身体と感情のバランスを追求した自己表現探求ブログ。 なんて、ぶってみたりすると、かっこいいかな(笑)




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続6/16 コンプレックスを武器に変えて

続6/16の日記
前回の続きです。

「嫌いな人を演じ、3分間喋る」というワークで、
生徒たちから飛び出してきたのは、自分を虐めた人間。

思いがけずヘビーなものを内包した展開に敢えて目をつぶり、
「目の前の人の喋り方をしぐさをできる限りコピーする」というお気楽なワークへ行こうと、
別の女の子に、なんでもいいから1分間くらい喋るように指示。

しかし、そこでその子から飛び出してきたのは…
「思い出は大事だと思うんです。でも私も虐められてて、過去を振り返ってもしんどいばっかりだから、間違ってるかもしれないけど、前だけを向いていたいんです。みんなは思い出を大事にして、がんばってほしいと思います」と最後は涙声での告白。

ここまでいくともうワークどこじゃなくなって、
全員で輪になったまま、今の発言をどう思うかってトークセッションに切り替え。
いつもふざければかりいる、この連中の、素の言葉と感情に触れられたことはとっても嬉しく思うのですが、20人弱しかいない、この講座で、その後にも陰を落とすイジメを経験している者が数人。

これって多くないか?

いまの20才前後の子たちのベースの一つがこれだと思うと、
その子のこれからの人生、
そしてこの子たちがこの国を、この国の文化を背負っていくことを思うと、
きついなあと、可哀想だなあ、と思うのです。


モノ創るってことの裏側に、コンプレックスが潜んでいることは
昔からよく言われていることです。

そして、人を感動させるということが、感情の共有であることも。

だとすれば、いま彼らが持っているコンプレックス、哀しみ、苦しみというものは、
「表現」に携わっている間は、武器に転換させることは容易のはずです。

教師にプライドをズタズタにされた男子生徒には、
彼と、彼と同じ経験をしたものにこそ伝わるコトバというものがあると思うのです。

僕はそう信じてるし、そうやって劇場でたくさんの人に泣いてもらってきたと思っています。

つらいことをなかったことにするんじゃなくて、武器に変えていく。
もちろん言葉ほど容易くないことはわかっているんですが、
なんとかそうやって闘っていってほしいな、と。

「表現」のヒントと素晴らしさのひとつがそこにきっとあるはずだから。
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