表現って何?

            演技として、人生として、心と身体と感情のバランスを追求した自己表現探求ブログ。 なんて、ぶってみたりすると、かっこいいかな(笑)




スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

7/4 自分は誰とも繋がっていない

7/4の日記
以前も紹介した陰陽師・尾畑雁多さんが、
梅田の喫茶店で、
たつみ会という催しを、定期的に開いてらっしゃいます。

そこに、知人を誘って、参加。

ワークショップとかじゃなくて、ただ集まって夢の話をしようというのが
趣旨だそうです。


でも尾畑さんのお話はほんとに面白いです。

歴史が1本の糸であるということを改めて思いださせてくれます。


そしてその線上に自分の存在があるということが認識できることをうらやましいとも。


僕たちはいつからこんなに浮遊した存在になってしまったんでしょう。
ガキの頃は、俺は誰とも繋がっていない、なんて生意気なことを思ってたけど、
いま、周囲を見渡せば、誰もが「自分は誰とも繋がっていない」感覚の中で生きているように見えます。


平等という、人間の横軸ばかりを大事にして、
年齢、経験を含む縦軸の責任をあまりに放棄しすぎたんじゃないかと。

放棄したほうが楽だかね。
「君と僕は同等なんだから、俺も間違えることがあるってばさ、許して」って
ことばかりアピールしてると、
そりゃその人のこと信用できなくなるよね。

特に若いってことは、自己中心的に正義感も清潔感も尖ってんだから。


いまの俺の目標は、「通用する理不尽な大人」になることなんだけど、
いやあ、なかなか、少しも近付けないでいます。


こないだ「陰陽」の話が、友人たちと話している時に出た時、
「陰陽」を「善悪」のことだと思っている女性がいて、
「陰」は疎まれるものだから、いつも「陽」でいましょうって理解をしてるんだよね。

ちょっとビックリ。

陰陽はセットだし、それで丸いんだし、
人は生きているだけで避けようもなく、「陰」を含んでいるだと…。
それを忌避すべきものだと思ってるなんて…。

今の時代の混迷の根源のひとつがこぼれでたような気がします。

声優科の子でも「間違ってもいいんですか」って子がいたしなあ。

いいんだって、稽古場は間違う場所だし、恥をかく場所なんだって。

みんなも、結果じゃなく行程を評価する人間になってほしいし、
結果じゃなく行程を見てくれる人を人間関係を深めようね。

結果論でしかモノを見れない人は、置き捨てていきましょう(^ー^)
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://lastwill.blog9.fc2.com/tb.php/143-56c8e207
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。