表現って何?

            演技として、人生として、心と身体と感情のバランスを追求した自己表現探求ブログ。 なんて、ぶってみたりすると、かっこいいかな(笑)




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7/5 陰気と陽気が表現の気分と調和しない

7/5の日記
世阿弥に惹かれている自己中心的なボクは、仲間にも世阿弥の書を読ませたくなる。

de、世阿弥の書を数人で読む時間を強制的につくる。

いい迷惑だろうなあ、俺は「それでも読め!」とは想ってるけど。


今日は「捨玉得花」から。

この中で、世阿弥は「どうしてその時々によって、能(公演)の良し悪しが表れるのか」といった問題を考えている。←の問題を考え、秘本として残っていたという事実だけで、俺なんかもう感動モノなんだけどね。

だって俺たちは「出来不出来」はあるものだ、って思考停止してたものね。


世阿弥がその問題の糸口としてるのが、「陰気」と「陽気」。
「ひょっとすると折りふりの時の雰囲気、すなわち陰気と陽気が表現の気分と調和しないためではなかろうか」

「四季それぞれの違い、日夜・朝暮の区別、貴賤さまざまな人からなる観客の多少、あるいは演ずる場所の広狭などによって雰囲気は違うものだが、もしそれが、一瞬の気合を計って発する芸人の声や、状況の気分を見定めて放つ音の高さに合致しなければ、舞台と客席の交感などということは起こるはずがない」

↑言われれば、当たり前なんだけどなあ。

でも上記の状況によって、演技を変えて公演してるかっていうと…はい、なんてとても言えないものね。

「陰気には陽の音を合わせて、陽気には陰の音を合わせて、音声の調子を配合すべきである」


くれぐれも「陰気」とか「陽気」とかを、「暗い性格」とか「明るい人」なんてイメージで読まないでね。
いたから。…まったく。
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