表現って何?

            演技として、人生として、心と身体と感情のバランスを追求した自己表現探求ブログ。 なんて、ぶってみたりすると、かっこいいかな(笑)




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11/5 作り手と観客のズレ

11/5の日記
こないだ「大きい声が出ない」と駆け込んできた女の子たちの
出る芝居を見にいってきた。

作品はとってもいい作品だと思う。

一方で、つらつらいろんなこと考えながら見ていた。(嫌な客だ(^_^;))

・主役の女性が、胸が閉じてしまっているように見え、つらい気持ちになった。
 とても魅力的で、テクニックも持った女優なんだけど、
 ココロが開ききらないことが身体に現れてしまっているように見えた。

 いろんなものを背負ってしまってるんだろうなあ、とか
 不安とか不満とか、そんなものがうまく処理できてないのかなあ、とか

・声のアタック音についても思った。
 助演男優(能でいうとワキかな)の子が声が枯れてしまっていて、
 それを仕方ないと許してしまうと甘いと怒る人がいるかもしれないけど、
 まあそれは置いておいたとして…

 声の枯れのせいもあるんだけど、
 セリフ出だしのアタック音が弱い。

 その役者のしゃべりだしを聞き逃してしまう感じ。

 熱血な役をしてたから、余計に気になって、
 エネルギーで押せない声の状態で、エネルギーで押す芝居をしている苦しさ
 っていうのかな。

身体をメンテしている知人が来ていて、そこの役者たちの身体を触っているというから
どう見えたか聞いてみた。

…割りと出来に満足していた。少しビックリ。

あの息の詰まりとか声の枯れとかが気にならなかった?
俺が神経質すぎるのかなあ。

彼女らのもっとひどい状態を知ってるから、
すごくよくなったなあって感動した、って彼はいう。

お客としての俺は、今日の役者たちしか知らない。

ここにも作り手と観客のズレがある。
俺も氣をつけないとなあ、と自戒。

身体の専門家が、パフォーマーと組むことはよくあるし、
そこに可能性もすごく感じるんだけど、
外への発信は、充分両者のディスカッションが必要なんだ、と
改めて思ったりもして。

だって、すでに表現の現場で常識になっていることを、
大発見のように語られるのもなかなかつらい。

あれ、辛口?
今日の俺。

まだ思ったことあったけど、今日は終わろ。
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