表現って何?

            演技として、人生として、心と身体と感情のバランスを追求した自己表現探求ブログ。 なんて、ぶってみたりすると、かっこいいかな(笑)




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3/20 散るからこそ咲く美しさもあり/『風姿花伝』より(3)

『そもそも花というものは、どんな草木でも、四季折々にそれぞれの季節で咲くものだからこそ、人の心に珍しさを感じさせ面白く思うのである。能も、人の心に珍しいと感じさせるから、面白いのである。すなわち、花と、面白さ、珍しさは同じ心である。どんな花でも散らないものはない。散るからこそ、咲く美しさもあり、そして珍しく感じるのである。能においても定まらないことが花なのだと、まず知るべきである。安住せず、常に新しい表現を求めていれば自然と珍しさが生まれてくるわけである。』
世阿弥『風姿花伝』「第7 別紙口伝」より

能を演技と置き換えて読んでほしいな。
そして
「珍しさ」は、原本では「珍しき」と書いてあるんだけど、
『花と、面白きと、珍しきと、これ三つは同じ心なり。」と書いあって、
単純に今でいう「珍しさ」ではないことはわかるよね。

この『風姿花伝』は、人生訓としても読まれていたことがあるんだってね。
先日お会いした潜水艦のセンサーを作っている?!(ホント)会社の社長さんが
そうおっしゃってた。

「あの本はいい本だよねえ」と。
まだ全部読んでなかった俺はあいまいに
「そうですね(愛想笑い)」しかできなかったけど。

当たり前といってしまえば、当たり前なのかもしれないけど、
600年前に、秘伝として伝えられた言葉。
いまでも十二分に通用すると俺は思うのです。

日常に埋もれてしまって忘れがちなことの再確認としても。
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風姿花伝について

風姿花伝風姿花伝 (ふうしかでん)、風姿華傳 は、世阿弥が記した能の理論書。世阿弥の残した21種の伝書のうち最初の作品。亡父観阿弥の教えをもとに、世阿弥自身が会得した芸道の視点からの解釈を加えた著述になっている。成立は15世紀の初め頃。全七編あり、最初の三つが応

  • 2007/02/22(木) 14:51:37 |
  • デザインの杜
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