表現って何?

            演技として、人生として、心と身体と感情のバランスを追求した自己表現探求ブログ。 なんて、ぶってみたりすると、かっこいいかな(笑)




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6/30 「好き」と「凹み」を行き来する

6/30の日記
大阪文化情報センターさんで、「感じる能」と銘打った
小鼓と謡の体験教室が、今日から始まる。

昨年に引き続いての、TTR能プロジェクトと大阪文化情報センターの共催。

7/14のTTR能楽堂公演「望月」の観劇も含めて、全5回のワークショップとなる。


話は、ワークショップが始まる前の楽屋での話。

小鼓の成田さんがMDを取り出し、ヘッドフォンで何やら聞き始めた。
大鼓の山本さんが聞く。「こないだの申し合わせ?」「そう」


先日行われた「望月」の申し合わせ(リハーサル)を録音したものを、
チェックする成田さん。

そしてそこから興味深い会話が始まる。
山本さんが「そんなんよう聞くなあ、僕はあかんわ。落ち込んでしまうから、聞かれへん」

そうなんだ、って新鮮な驚き。能楽師も自分の演奏が聞けないんだ。
小劇場の役者とおんなじやん(笑)

実は俺も、記録されたビデオで自分の作品を見るのは大嫌い。
というか、まともに見たことがない。

で、上記の山本さんの会話を受けて成田さんが
「僕も嫌いやけど、ちゃんと聞いとかんと」

求道型の成田さんならではの感性。

「でも、嫌になるよね。ヘタやなあって思うわ」


一緒なんだねえ、ウチの役者たちもビデオを見るたびに、
役者を辞めたくなるとよく言ってる。

あ、でもその言葉の意味のレベルは全然違うんだけどね(恥)


こないだご一緒させてもらったダンサーも、自分はヘタで嫌になるって言ってた。
だけど僕らの目からは、とっても官能的で綺麗ですごいなあって思うんだけどね。


専門的になるってことは、自己嫌悪と闘うってことなのかもしれない、改めて。
「好き」と「凹み」を行き来することが、表現することの一側面として存在する。

もちろん自分に疑問を挟まない豪傑な人もたくさんいるだろうけど(笑)


で、自己嫌悪に陥りがちな人は
どれだけ凹んでも
決して「好き」は手放さないこと。

じゃないと、苦しくて表現し続けられなくなっちゃう。


俺は…好きなのかなあ。
好きというより、もう「そこにあるもの」って感じの方が強いかな。


とにかく、TTRのお二人のそんな会話がとっても新鮮で、
上のようなことをツラツラ考えてしまったのでした。
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コメント

「好き」と「凹み」同感です(^。^)

私も、自分のイベントが終わった後など
自分の甘ちゃんぶりに、吐き気になりました(; ̄Д ̄)
が、「不完全だからやってもいいんだよ」
といわれてちょっと安心しました
完全だったら人間やってないよ
と言われてしまいました(´△`)アァ-

  • 2006/07/30(日) 00:31:07 |
  • URL |
  • AKUA☆ #-
  • [ 編集 ]

それこそ「好き」と「凹み」の往来ですね(^。^)

俺なんてもう完全であることあきらめてますから(笑)
あきらめてるつもりでも、時々鋭い痛みを覚えますけどね~。

でも痛みを覚えることも、仕方ないかとまたあきらめます(笑)

  • 2006/07/30(日) 12:42:41 |
  • URL |
  • 真狼 #-
  • [ 編集 ]

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