表現って何?

            演技として、人生として、心と身体と感情のバランスを追求した自己表現探求ブログ。 なんて、ぶってみたりすると、かっこいいかな(笑)




スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

4/10 ココロの通ったHには才能が必要

4/10の日記
ひさしぶりに樹里亜さんと会う。

今年1月の神戸・大阪二都市公演には遠くから駆けつけてくれて、
楽屋ではちょっと話もしたんだけど、
こうやって喫茶店で喋るのは、ほんとどれくらいぶりだろう。

彼女は、子宮内膜症と闘っている。
けれど、とっても明るい。

現在の体調を聞くと、とっても快調だそう。
理由は、大好きな彼氏とのHだって。

病気との戦いで、恋愛どこじゃない生活だった彼女に
昨年秋、彼ができて、○○年ぶりにHをしたそう。
もちろん、主治医に相談してからだけど。

それから、みるみるうちに、数値が回復していき…

ココロの通ったHは、無敵な力を持っていると僕も信じている。
でもココロの通ったHをするには、才能も努力も必要かもしれない(笑)

とっても元気で奇麗な彼女を見てるのが、
とっても嬉しい数時間でした。


樹里亜さんの闘病記を、本人の承諾を得て、紹介します。
 エンカウンターグループがなつかしく思い出されます。自分の意見や意志をハッキリと伝えることが出来ず他者とうまく関わることが出来なかったあの頃…。今は、強くたくましく育ちすぎたかも…。
 今は元気! というのは、生理の時の地獄の痛みと排卵前後の痛み止めの座薬が半分ぐらいしか効かない日々、以外は元気だから。あるいはガマンできる範囲。まったく痛みのない日は、なし。寒い冬だと、足の神経がとてつもなく痛くって、1ケ月間ひどい痛みの年もありました。足のつけ根のリンパと神経系に子宮内膜が転移して増殖中なのです。

 でも心は元気です。元気にしておかないと耐えられません。全身ケイレンして、のたうち回って胃液を何度もはきます。いつも涙が出ます。体力的にも最近は限界を感じているので、できるだけこの状況はさけたいのですが、急に痛み止めが切れたり、痛み止めがあまり効かなくて突然ひどくなったり、あまり痛まないはずの日に、急にこういう痛みになったりと、なかなか避けられません。一つ学習したのは、生理が終わってから排卵日をすぎるまではたとえ3秒でも絶対に走らないこと。その頃きまって地獄の苦しみでのたうち回るからです。これは、平成10年4月から始まった新しい症状。
 ほんとにいつも思います。救急車の到着が遅すぎる…と。救急車に乗ったときはすぐに痛み止めの点滴をしてほしい!

 今年1月2日(平成15年)の入院では、ちょっと考えさせられました。痛み止めの点滴ブスコバンが1時間も持たないでケイレン状態が始まったのです。すぐにワンランク上のソセゴンが処方されたのですが、これも1時間ぐらいで切れてケイレン状態に…。この上は、モルヒネしかないけれど、私はガンではないので処方できないのです。今回、初めて医者に「手の打ちようがない」と言われてしまった。痛みもここまで進化するのね。そして、これからどうなるのでしょう。で、考えても仕方のないことは考えないことにしています。どんな状況でも日々楽しいことを考えなくてはね、生きてるんですもの。

 ところで、いつかは結婚する、と思っていますが子供はとうにあきらめました。2番目に紹介された県立病院で、すぐに子宮と卵巣をとらないと命にかかわる、と言われ頭の中は遊園地。子供は大好きだけれど、養子をもらうか里親になろうって…。実際、子供を産める子宮ではありません。閉経すれば痛みもずっと楽になるでしょう。でも、普通の人の閉経より遅いのでしょうね。子宮内膜症は子宮をとっても再発します。骨ずいから微量のホルモンがでていて再発するのだそうです。
 平成6年12月に、J大学病院にかかりました。痛みもひどく体調も悪かったので1年ぶりにMRIに入り、血液検査や尿検査などを受けました。母と一緒に結果を聞きにゆきました。担当医は婦人科の教授。
 「今すぐ手術をしたい。子宮と卵巣を今すぐ摘出したい。しかし、あなたの場合できない。ゆ着がひどすぎて心臓移横手術よりむずかしい。子宮にたどりつく前に命を落とす確率が高い。そんなカケのような手術は私には出来ない。腫瘍マーカー検査の結果99パーセントはガンだと思います。子宮内膜症でもかなり高い数値は出ますが、こんなに高い数値は今までなかったからね。MRIでも判別しにくい。リュープリンというホルモン剤を今日から投与しましょう。これで数値が下がれば子宮内膜症。高いままならば、すぐに抗ガン剤と放射線療法に入ります」というようなことを言われました。母はすぐに「よろしくお願い致します」と言い、私は「少し考えさせて下さい。今日はこのまま帰ります」と…。父がちょうど肺ガン末期で入院中でしたが、その時、私はたぶんガンじゃない…と思えたのと、もしガンだったら、それはそれでしょうがないか…と思ったのです。そのおかげで、平成7年1月2日、山形での中学の学年同窓会に初めて参加することが出来ました。今、行かないと次は出席出来ないかもしれないって…。

 平成9年12月、子宮内膜症の本を執筆された女医さんがとっても信頼できそうに感じられて、お茶の水にあるH病院へゆきました。その女医さんは「症状がとにかくひどいので手術しましょう。人生、捨てるの?!」って…。「心臓移植よりむずかしくても10時間でも20時間でもていねいにすこしずつ時間をかけたら大丈夫だから」とおっしゃって下さり、「2月に手術をしましょう。気持ちが決まったら1月に電話を下さい」ということで月日は過ぎて……
 平成10年1月に手術をお願いしよう…とほぼ決心したちょうどその時39・8度の発熱が3日間続き、近所の病院の抗生物質も効かなかったのでとなりの市の大きな病院へ急行。そして急性腎う腎炎で即、入院。4~5日したら退院できる予定が2週間経っても熱は39・8度。再検査で子宮がはれて、尿管を圧迫して、水腎症をおこしていることがわかり、即、ホルモン剤投与。改善しなければカテーテルを入れましょう、と先生。子宮は小さくなり、尿管が通って、カテーテルはまぬがれました。先生は「まちがいなくガンだと思ったよ。腫瘍マーカー、さがったね」。この入院により、H病院での摘出手術の話はなくなりました。尿管と腎臓が加わった時点で、適切ではなくなったそうです。

 現在では、大学病院や他の病院でも必ずホルモン療法をすすめます。しかも閉経期までずっと生理を止めましょう。と言います。この療法は、通常では半年から8ケ月間治療して、最低でも1~2年は間をおかないと身体によくないとされています。そこを指摘すると、「子宮内膜症がガン化することがあるのは御存じですね」と、おどします。自分の身体は自分で守らないと医者はけっして先のことまで考えて守ってはくれない。
 今、私の身体、子宮と卵巣はいつもはれています。左と右の腎臓は、いつ水腎症になってもおかしくない状態です。発見が遅れると腎臓摘出なので、半年ごとに検査を受けます。ガン化するかもしれない。もし盲腸になったら、心臓移植より難しい。即、命にかかわる。そして、進行性の病気。内臓にも転移する。地獄のような痛みにおそわれ、ケイレンして、のたうち回り、胃液を何度もはく。これはもう考えてもしようがないこと、笑うしかないでしょう。今は、いつも笑いとばすような精神状態を保とうと誓いを立て、気分は良好!です。
 で、今たいした悩みはありません。私の身体の内では、子宮、卵巣、尿管、膀胱、小腸、大腸が団子のようにくっついて、さらに骨盤にもくっついているそうです。平成3年にO大学病院で受けた手術がまちがいだったと今は、思っています。卵巣のう腫の部分をとり、骨盤すべてと子宮の外側の壁や腸壁に転移していた子宮内膜の組織をとるために、ほとんどさわったので、それが全部くっついて、ひどくなり、そこに新たな子宮内膜も転移しているのです。1回の生理に、1個転移するとして、12年でも144ケ所だから、2個や5個や10個なら? なにが起こってもおかしくないので医者は爆弾をいつもかかえている状態だと言います。
 私の命は、「神のみぞ知る」です。
 平成14年2月、新しい療法との出会いがありました。

 さて…これから…


P.S.
 2月~7月まで17回、52時間の特殊療法を受けて、痛み止めも随分効くようになり、使用量が約1/3程になりました。快挙です。続けられたらよかったのですが、この療法をできる方が去年から体調を崩されて、今年4月に天国にゆかれ、残念ながら日本にはできる方はいらっしゃらないのです。

 いま、また水腎症初期らしくって検査中…まあ、ぜんぜんOK!!
スポンサーサイト

コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

  • 2005/05/30(月) 00:06:26 |
  • |
  • #
  • [ 編集 ]

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://lastwill.blog9.fc2.com/tb.php/50-a3b683f1
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。