表現って何?

            演技として、人生として、心と身体と感情のバランスを追求した自己表現探求ブログ。 なんて、ぶってみたりすると、かっこいいかな(笑)




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3/3 世阿弥『風姿花伝』より(1)

約650年も前に書かれた演技論です。
日本の現代劇は、どうしてこの伝統を失ってしまったんだろう。

今なお演技におけるテーマの考察が、
この『花伝書』にはいっぱい詰まっています。

演技・そして表現がテーマのブログなので、
ぜひその中からいくつかを紹介したいと思っています。

世阿弥『風姿花伝』より
この口伝では花を知ることが最も大切なことだが、そもそもなぜ(芸の魅力のことを)花にたとえたか、それをわかってもらいたい。
花というものは、どんな花でも四季に応じて咲き、その時々の美しさゆえに人はこれを楽しんでいる。能も同じで、花が珍しい、面白いと思うことと、その花が美しさは三つとも同じものである。どんな花でも必ず散る。散るからこそ、咲いている時が美しいし興趣もあるのだ。
能も花のように停滞していないことを肝要とすべきである。同じことばかりせず、さまざまな工夫をしてみるのがよいのだ。
しかし、目新しい工夫というのは、現実離れした珍奇な工夫をいうのではない。この『花伝書』に述べておいた様々な注意をよく守って稽古して、いざ本番という時に、それまでの成果を必要に応じて取り出すがよい。
再び花にたとえれば、様々な花はあるといっても、年々歳々咲く花の種類に変わりがあるわけではない。それと同じように習い覚えた様々な演目を自分のものにしていれば、その時々の流行に応じて観客の好みに合わせて演じることもできよう。これこそ季節の花見にいくようなものである。
花といってももとはといえば去年咲いた花の種である。
能も以前と同じ演目だが、それを窮めるには長い時間がかかる。したがって、しばらくぶりに見れば、また観客の目には今年咲いた花のように新鮮にうつるのである。
              訳:井沢元彦『逆説の日本史<8>』
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